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開設日:1998年07月05日

更新日:2021年01月24日

牧師:大谷唯信 副牧師:森元國文

住所:〒198-0063 東京都青梅市梅郷 3-904-3

週報メッセージ(2021年1月24日)

救いの入口

【聖書箇所】ルカによる福音書5:31

「健康な人には医者はいらない。いるのは病人である。わたしが来たのは、義人を招くためではなく、罪人を招いて悔い改めさせるためである」

「近頃、どうも体の具合が悪い。一度病院に行って診てもらおう」。とか「診てもらったら?」などの言葉を私の年齢のせいかよく耳にするようになった。「元気だから病院に行こう」等と言う者はまずいない。しかし「元気だけど一度診てもらっておこう」と言うのはよくある。気づかずに手遅れと言うのがあるからである。これと同じくイエスは御自分が来られたのは「義人を招くためではなく、罪人を招いて悔い改めさせるため」と言われた。しかし人間は昔も今も変らず罪に対しての自覚が薄いのである。あの「富める青年」は永遠の命を求め幸せな人生を外に求めているが自分の内面は見ようともしない。「私は小さい時からみな守って来ました」等と言って優等生の自分しか見ていない。病院に行って病気については詳しく聞くが自分の中の診断としては全く聞いていないのと同じである。敢えてイエスは「あなたに足りない事が一つある」と切り込んだ。ここから治療が始まるからだ。しかし青年は悲しみながら立ち去った。救いの確かさは罪の自覚の確かさに比例するのだ。罪の悲しみが大きいほど救いの喜びも大きい。罪の自覚なしに救いの門は開かない。救いの入口は自分の罪の自覚にある。ここが十字架のキリストと出会う場所となる。パウロの言う「わたしはキリストと共に十字架につけられた」。ここから湧き出す生命の教会を求めたいのである。

大谷唯信牧師

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