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開設日:1998年07月05日

更新日:2020年09月27日

牧師:大谷唯信 副牧師:森元國文

住所:〒198-0063 東京都青梅市梅郷 3-904-3

週報メッセージ(2020年9月27日)

神の知恵

【聖書箇所】コリント人への第一の手紙 1:21

「この世は、自分の知恵によって神を認めるに至らなかった。それは、神の知恵にかなっている。」

この世は神の霊的命から離れ自己中心の肉的命の世界におちてしまった。それは意識するしないにかかわらず神の支配を退け、罪の支配に身を委ねてしまった事なのだ。霊なる命が絶たれてしまったこの世は心に空しさを覚え心の満たしを求めるのだが、幼児が甘い物を欲しがるように肉の物だけを求め、そこに一時なのに喜びや自己実現を感じるようになってしまっている。「女がその木を見ると、それは食べるに良く、目には美しく、賢くなるには好ましいと思われたから、その実を取って食べ、また共にいた夫にも与えたので、彼も食べた」(創世記3:6)。幼児には母親の「これはダメよ!」と言う言葉やその愛の心よりも、目の前にある甘い物を食べる事に喜びや充実感、自由や愛を感じたのである。現に夫にも与えるやさしさもあり、美しい夫婦愛でもあるのだ。しかし、神の言葉を聞いても聞き入れないという現実こそ、罪に支配されている証拠なのである。今もそうである。どんなに夫婦愛や家族愛に満ち、仕事や生活が安定していたとしても、実にこの世はそれを求めているのだが、イエスは「人を生かすのは霊であって肉は何の役にも立たない」(ヨハネ6:63)と言い切られた。それらは所詮、「肉に従う者は肉の事を思い・・・肉の思いは死である」(ロマ8:5-6)からである。しかし、自分の力では肉から出られない。今、必要な事は「神の息」が吹き込まれ「神の命」を持つ者となる事である。それは決して難しいものではない。ただ単純に、幼な子のように十字架のイエスを信じ従う事、この中に一切の宝が満ち満ちているのである。理解でも納得でもない。ただ信じる者だけに与えられる恵みである。ここに神の知恵があるのだ。

大谷唯信牧師

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