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開設日:1998年07月05日

更新日:2022年08月07日

牧師:大谷唯信 副牧師:森元國文

住所:〒198-0063 東京都青梅市梅郷 3-904-3

週報メッセージ(2022年8月7日)

信仰に確信を持て

【聖書箇所】マタイによる福音書 5:16

「…あなたがたの光を人々の前に輝かし、そして、人々があなたがたのよいおこないを見て、天にいますあなたがたの父をあがめるようにしなさい。」

人生には人それぞれの成長に応じての課題があるものだ。人からのものではなく、自分からのものでもない。生まれたその時からすでに与えられている、しかも、すべての人に与えられている究極の人生の目的がある。これが生きる中心軸となる。これがずれてくるとどんなに恵まれた環境、能力があったとしても精彩を欠き狂ってくる。いくら頑張っても努力しても結果はもっとひどくなるであろう。「自分なり」の生き方が横行している現代、この世の知恵で器用に働けるものが世の指導者として後輩を導くのであるが、正にイエスが言われた盲人が盲人を手引きし共に穴に落ちるとの事が社会に起きているのである。それは自分の欲得のみに走り、真理に対して無知、盲目となり、中心軸を失っているからである。イエスの言われた上の御言葉は人間の生きる究極の目的である。生きること自体に神の祝福が豊かに注がれている事がわかる。神は私たちを祝福したいのである。豊かな人生を送る事は主の御心なのだ。その祝福は何のためか。はっきり言っておくが、自分のためではない。自分の力を誇示したり自慢するためではない。まず自分に与えられている光を人々の前に輝かせと主は言われる。暗闇を照らす明かりとなる事だ。だがこれで終わりではない。究極の目的がある。それは「人々があなたがたのよい行いを見て、天にいますあなたがたの父をあがめるようにしなさい」、さらに「天にいますあなたがたの父はなおさら、求めてくる者に良いものを下さらないことがあろうか。だから、何事でも人々からしてほしいと望む事は、人々にもその通りにせよ」(マタイ7:11-12)。これが光り輝く事であり生きる原点である。クリスチャンは受け身ではいけない。祈りと信仰による決断を持って御言葉の実践に取り組むべきである。主と共にである。

大谷唯信牧師

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