2026年6月7日
良い地になろう
【聖書箇所】マタイによる福音書 13:23
「良い地にまかれたものとは、御言葉を聞いて悟る人のことであって、そういう人が実を結び、百倍、あるいは六十倍、あるいは三十倍にもなるのである。」
御言葉は良い地に実る。それならば私達は良い地にならねばならない。
どうすれば良い地になれるのか。そう難しい事ではない。まず、それを願い、自分が必ずそうなると心に決める事である。即ち、自分が御言葉を聞いて悟る人になるのだと、固く信じ決める事である。単に知識を得るとか学ぶというのではなく、御言葉によって日々新しく造り変えられ、自分が成長していく人になる事を主に求めるのである。求めるならば主は必ずそのために必要な心の姿勢、在り方を示して下さり、上からの知恵を与えて下さる。「成長させて下さるのは神である」(Ⅰコリント3:6)が、成長のための心構えをするのは自分である。とにかく主に求めることだ。「すべて求めるものは得、捜す者は見いだし、門をたたく者は与えてもらえるからである」(マタイ7:8)。御言葉を持って求めるのがよい。「御言葉が開けると光を放って、無学な者に知恵を与える」(詩篇119:130)からである。
これらを生活の中で実体験として積み重ね、「本当にその通りだ」と自分の言葉で言えるキリスト者になってほしいのである。何年たっても「私は駄目です」と言いつつ本当に成長しない者もいる。それは、信仰は信仰、生活は生活と言って分離させている場合が多い。信仰が自分の生き方に何の影響も与えていないのである。また信仰が自分の満足、自分の幸せのためだけになっていて、自分の都合が中心の場合や、信仰が心の王座ではなく附属になっていたりする。このように自分を「道ばた」「土の薄い石地」「いばらの地」にしてはならない。良い地となって御言葉を聞いて悟る人になろうではないか。
大谷 唯信 牧師
